沿革

明治41年11月17日 富山縣立礪波中學校設立許可、校地を富山縣西礪波郡鷹栖村とする
明治42年 4月 8日 第1回入学式挙行(1回生100名入学)
明治43年 4月17日 第1回創校記念式を新校舎で挙行
昭和23年 4月 1日 学制改革により富山縣立礪波高等学校となる(男子普通課程)
昭和23年 6月 1日 定時制課程を併置
昭和23年 9月 1日 県内新制高校の統廃合と学区制の実施により、男女共学の普通科、商業科併置の総合制に改編され、校名を富山縣立出町高等学校と改める
昭和24年10月10日 生物標本室より出火、本館、講堂等校舎の大部分を焼失
昭和25年 4月 1日 定時制夜間部を出町図書館に開設
昭和25年10月21日 校歌制定(作詞 室生犀星、作曲 弘田龍太郎)
昭和25年12月15日 富山県東礪波郡出町太郎丸鍋島1313番地で新校舎起工式挙行
昭和26年12月20日 新校舎(現在地)に移転完了
昭和27年 4月 1日 校名を富山県立砺波高等学校と改称
昭和28年 6月11日 講堂兼体育館竣工、全校舎完成、落成式挙行
昭和32年 4月16日 第二講堂竣工、落成式挙行
昭和33年 4月 1日 工業科(40名)を併置、戸出分校(家庭科100名)新設
昭和34年 9月20日 創立50周年記念式挙行
昭和35年 4月 1日 戸出分校(全日制)は富山県立戸出女子高等学校として独立
昭和35年 9月24日 食堂並びに図書閲覧室(木造2階建)竣工
昭和37年 4月 1日 工業科は富山県立砺波工業高等学校として独立
昭和38年 3月31日 音楽室竣工
昭和38年 5月 1日 本校所在地は町名変更により砺波市東幸町3番36号となる
昭和40年11月 2日 横田正意初代校長胸像入魂式挙行
昭和41年 9月12日 茶室「龍心庵」、礼法室落成
昭和42年 4月 1日 商業科生徒募集停止
昭和44年 4月 1日 普通科4学級、理数科1学級と募集定員定められる
昭和44年 9月20日 創立60周年記念式、ステージ落成式挙行
昭和47年11月 2日 前庭及び中庭に学制100年記念植樹
昭和48年 4月12日 定時制課程募集停止
昭和50年 3月31日 定時制課程廃止
昭和54年 9月22日 創立70周年記念式挙行
昭和56年10月 5日 第3期に亘る校舎改築完成
昭和57年12月11日 松鷹会館落成(延614.23㎡・同窓会寄付)
昭和60年11月30日 第二体育館敷地造成工事竣工
昭和61年 8月12日 第二体育館落成
昭和62年 2月27日 校舎3教室等増築完了
昭和62年 3月31日 吹抜渡り廊下新築完了
昭和62年 4月 1日 普通科5学級、理数科1学級と募集定員定められる
平成元年 9月22日 創立80周年記念式挙行
平成 4年 3月31日 テニスコート完成(1,959.09㎡)
平成 6年11月 4日 第一体育館他2,739.07㎡竣工(体育館延2,638.37㎡、渡り廊下100.70㎡)
平成 7年 3月31日 体育部室3室竣工(31.87㎡)
平成 7年 3月31日 自転車置場4棟竣工(345.6㎡)
平成 7年 4月 1日 普通科4学級、理数科1学級と募集定員定められる
平成10年12月15日 グランド全面改修工事竣工
平成11年10月 1日 自彊館落成(延888.43㎡、渡り廊下28.46㎡)(創立90周年記念事業実行委員会寄付)
平成11年10月 8日 創立90周年記念式挙行
平成14年 7月19日 普通教室、3階選択教室にエアコン設置(自彊会事業)
平成14年12月 4日 第一体育館ピロティ改修(トレーニングスペース新設)
平成16年 9月30日 中庭緑化工事竣工
平成21年 4月17日 創立100周年記念事業中庭竣工
平成21年10月 1日 『礪波中学校 砺波高等学校 百年史』刊行
平成21年10月 2日 創立100周年記念式挙行
平成22年10月 4日 管理教室棟耐震補強工事竣工
平成23年 4月 1日 理数科生徒募集停止、普通科5学級と募集定員定められる
平成25年 3月31日 理数科廃止
平成26年 3月14日 管理中棟耐震補強工事竣工
平成27年 2月10日 普通教室棟耐震補強工事竣工
平成28年 6月 1日 ICT利活用教育モデル事業指定